2011年07月24日

さらばテレビ

テレビ終了の日本日7月24日の正午、テレビ放送が終了しました。

性格には「アナログ放送終了」です。
一応、放送終了の瞬間を見るため、出かけていましたが、正午近くに帰宅して見ていました。
12時前から正午をまたぐ番組だとカウントダウン的なこともやるかも知れないと思い、見たのが「アッコにおまかせ」。
案の定、カウントダウンが開始。
「3,2,1」
とその瞬間、ブルーの画面になり、今日の正午に終了しましたという文字が。

画面の下にはコールセンターへの電話番号なども載っていました。
そしてこの画面も24日を終えると砂嵐になってしまうようです。

あちこちで書いてきましたが、地デジを導入しないウチとしては、今日がテレビの最終日。
まさか「テレビが終わる日」というのが来るとは思っていませんでした。

この日以降のためというわけではないですが、テレビを見ない生活には慣れていました。
今後もどうしても見たい番組は、いまのところ「仮面ライダー」と「ビフォーアフター」のみ。
テレ朝系のドラマ(「相棒」や「科捜研」など)と2ドラは見たいですが、それだけならばワンセグで見ればいい。
「仮面ライダー」も「オーズ」はもうすぐ終わるし、今度の新しいライダーには全く魅力を感じないので、余計見るべき番組がほとんどありませんね。

などといってますが、要因の1つはお金がないということかも知れません(笑)。
アンテナ工事、テレビ導入、いずれもけっこうなお金がかかりますが、それを完了してる家庭が大半らしいので、なんだかんだいっても日本人はみんな裕福なんですよね。
でも驚いたのが、いまになってコールセンターに電話してる人がものすごく多いということ。
これにはあきれました。
なんなんでしょうか。

今後は「新しい」テレビ番組関係の記事が激減しますが、こういう事情ですのでご了承ください。
といってもここ
どうせ誰も見てませんからっ(UoU)。。。

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2011年06月28日

平泉、小笠原に続き世界遺産に

小笠原諸島が世界遺産に登録され、平泉も登録されました。
もちろん小笠原は自然遺産、平泉は文化遺産です。

そもそも世界遺産というのは何かといいますと、世界遺産リストというものに登録された物件のこと。そのリストは、1972年のユネスコ総会で採択された「世界の文化遺産及び自然遺産の保護に関する条約」(世界遺産条約)によるもの。
遺跡、景観、自然など、人類が共有すべき「顕著な普遍的価値」をもつ物件について、ユネスコの世界遺産委員会というのが最終審議をして決めるわけです。

3種類あって、自然遺産、文化遺産、複合遺産となっていて、その内訳は文化遺産725件、自然遺産183件、複合遺産28件。
日本のもので登録されているのは、自然遺産が4つ、文化遺産が12、複合遺産は0です。

平泉が登録されて、日本からの文化遺産登録は19年の「石見銀山遺跡とその文化的景観」(島根県大田市)以来となりました。
平泉は平安時代に奥州藤原氏が築いた寺院や遺跡群。政府は18年に中尊寺など9つの構成資産を一体として登録推薦しましたが、ユネスコの諮問機関、国際記念物遺跡会議(イコモス)が大幅な見直しを求め「登録延期」となっていました。
震災があっての同情票という意見もあるものの、その価値があるのは確か。

世界遺産は、もともと人類共通の財産としてそれを保全していこうというもの。
ただ、世界遺産登録で多くの観光客が訪れることになります。
白川郷・五箇山の合掌造り集落には、登録後、観光客がそれまでの2.5〜3倍になったそうですから。
ただ注目を浴びると、せっかくベールにつつまれていたものがそうでなくなるので、かつての良さが土土足で踏みにじられる可能性も出てきます。
東北は、とにかく遠のいた客足を呼び戻したいわけですから、これがはずみになればいいと思いますし、客のマナーには期待したいところです。

などといってもここ
どうせ誰も見てませんからっ(UoU)。。。
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2011年06月02日

もう一度日本の歴史〜大化の改新

先日書店に行ったら、松村邦洋さんが日本の歴史の本を出されてました。もともと歴史好きな松村さんですから、もっと早く読みたかったという感じですが、「歴女」ということばも定着したようないま、もうちょっと日本の歴史を見てみようという気になっています。
科目でいう「日本史」というのは共通一次(センターじゃなくて悪かったね)のときに選択したので、それなりに勉強はしましたが、きれいさっぱり覚えていません。
でも改めて調べてみると、思っていたのとはぜんぜん違うものだったり、記憶違いだったり、説自体が変わっていたりと、おもしろいです。

そこで、気づいたものをいくつか、気が向いたときにアップしていこうと思います。
専門家でもなんでもなく、歴史小説などもまったく読まない「ど素人」なので、学術的なつっこみはしないでください。

まずは「大化の改新」。

なんでこれなのかといいますと、「645年」ってなぜか覚えてるので。それだけです。

大化の改新(たいかのかいしん)は、中大兄皇子と中臣鎌足が蘇我入鹿を暗殺して蘇我氏を滅ぼし、新しい政治を始めた。中大兄皇子は天智天皇となり、公地公民制や班田収授法などを打ち出した・・・

この程度の認識でした。
中大兄皇子と中臣鎌足の共謀によるクーデター的なものとか、そんな風に思っていましたがかなり違いました。

西暦593年から天皇についたのが女帝の「推古天皇」。
39歳で天皇の座についたわけですが、この人のお母さんが蘇我堅塩媛(そがのきたしひめ)。堅塩媛さんの弟が蘇我馬子。つまり、推古天皇から見ておじさんが馬子。
推古天皇の兄が用明天皇で、その子供があの「聖徳太子」。
推古さん(?)は、おいの聖徳太子を皇太子にし、おじの馬子(大臣)とおいの太子の2人の勢力バランスをよ〜く見ながら政治を行わせていました。推古さんは頭のいい人で、当時蘇我氏はいちばん力のあった一族ですが、それに対しても「だめなものはだめ」と、きちんと突っぱねながらコントロールをしていました。
622年、太子が49歳で亡くなり、4年後には馬子も亡くなりました。さらに4年後、推古さん崩御。

推古さんのあと、誰を天皇にするか、これを決めたのが馬子の息子、蝦夷(えみし)。
誰をおすか、その意見が田村皇子と山背大兄王に分かれていることを知ると、山背大兄王(聖徳太子の息子)をプッシュしていたおじさんを殺害し、田村皇子を立てて天皇にしました。
蘇我氏への風当たりが強くなってきたので、蘇我氏直系ではない田村皇子をおしたという説もありますが、田村皇子が舒明天皇として即位しても実権は蘇我氏にあり。
豪族たちも朝廷ではなく蘇我氏に貢いだりするような好き勝手をけっこうやってます。

643年に独断で蝦夷から入鹿に大臣の座を譲られた入鹿ですが、この頃「やっぱり政治は天皇が中心じゃないと」という雰囲気がだんだん強くなっていました。
そうはさせないと、入鹿は、お父さんがプッシュしていたことでつながりのある舒明天皇の息子を次の天皇にしようとしていましたが、そこでじゃまになる聖徳太子の息子、山背大兄王の一族を自殺に追い込みました。さすがにこれには父蝦夷も「自分の身を危なくするぞ」と言ったとか。
翌年には大邸宅を建て、自分の子供を「皇子」と呼ばせるなど、父以上にやりたい放題。

聖徳太子の時代にいまの中国へ行って多くのことを学ぶという留学生的なものが出てきましたが、その一人、南淵請安という人が帰国して塾を開き、儒教を教えていました。そこで秀才と呼ばれた学生が蘇我入鹿。彼はやりたい放題の暴れん坊ではなくかなり頭もよかったようです。
そしてもう一人、そこで秀才と呼ばれた男がいました。
それが、中臣鎌足。

彼は、蘇我氏の横暴ぶりに、蘇我氏体勢をこわして新しい天皇による政治を、と考えていました。
当時31歳。
さて、誰を推すか。
当時天皇は、舒明天皇の次の女帝、皇極天皇(50歳)。まず鎌足はその弟の軽皇子(48歳)に接近。しかし、この男ではだめだと思った鎌足が次に接近したのが皇極天皇の息子でした。
それが中大兄皇子。なんと18歳ですよ。
けまりの時に中大兄皇子の履物が脱げ、それを鎌足が拾ったのがきっかけで仲良くなります。儒教の塾に皇子も通うことになり、その行き帰りの道中、蘇我氏打倒の計画を練りました。
31歳と18歳なんですよね〜。これがかなり新鮮。

蘇我氏の内部でも対立が起こっていて、鎌足は、入鹿のいとこ蘇我倉山田石川麻呂も味方にしました。

入鹿を討つ。
ちょうど645年、三韓(新羅、百済、高句麗)から使者が来日してまして、儀式が行われるのは朝廷、そこには大臣の入鹿も必ず出席する!中大兄皇子と鎌足はここを暗殺の実行と決めました。

大極殿。天皇や入鹿らが予定通り入廷。皇子は門をしめさせ、ヤリをもって陰にひそみ、鎌足は弓矢をもって隠れました。仲間2名が剣を持ち、石川麻呂が文を読んだら2名が切りつけるという計画。
ところがこの2名が緊張と恐怖のあまり吐く始末。鎌足は「しっかりせい」と叱りますが、石川麻呂の文の読み上げが始まってしまっても、2名が全然出てこない。
予定と違って2人が出てこない!文を読んでいる石川麻呂も声が震え、冷や汗が出て震えてきました。
入鹿が、それを見て「なんで震えてるんだ?」と聞くと、石川麻呂が「天皇の前だから畏れ多く震えてるのだ」と答えました。
2名は入鹿が怖いのだ、そう判断した皇子が自ら飛び出してきて入鹿を斬りつけました。
そしてようやく2名が登場。切られた入鹿が天皇に「私に何の罪があるのですか」と天皇に哀願。
天皇も息子である皇子に「どういうことですか」と聞くと、皇子は「入鹿は皇族を殺して天皇の座を奪おうとしてます」と説明。天皇が驚いて逃げると、そのまま入鹿が殺されます。

翌日、入鹿の父蝦夷は屋敷に火を放って自害。蘇我氏が滅びました。
これが「乙巳の変(いっしのへん・おっしのへん)」というクーデター。このあとの政治改革が「大化の改新」です。

蝦夷の死の翌日、皇極天皇は弟の軽皇子に皇位を譲りました。それまでは死ぬまで天皇だったので、これが史上初の譲位となります。軽皇子は孝徳天皇になりました。
中大兄皇子は皇太子に立てられ、中大兄皇子は阿倍内麻呂を左大臣、蘇我倉山田石川麻呂臣を右大臣、中臣鎌足を内臣に任命、政治の改革を行うのです。これが後に「大化の改新」と呼ばれる改革。

ちなみに、9年後、孝徳天皇が亡くなると元皇極天皇が斉明天皇として再び天皇となります。もちろん実権は皇太子の中大兄皇子が持ったまま。661年に斉明天皇が崩御。中大兄皇子は667年に近江大津宮に遷都し、668年、42歳でやっと正式に即位しています(天智天皇)。7年もの間天皇に即位せずに皇太子のまま政権をとっていたのは歴史の中でも謎の1つであるようで、いろんな説があります。
669年、鎌足は死の直前に見舞いに来た天智天皇より「藤原」の姓をもらい、55歳で死去。
それからわずか3年で天智天皇が亡くなっています。

おもしろくないですか?
まぁ、いいや。
どうせ誰も見てませんからっ(UoU)。。。


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2011年05月31日

5月も終わり〜今月のショック

早いもので5月も終わりです。
明日からは今年の上半期の「最後の月」となります。
来月が終わると、なんと今年も後半戦となるわけなので、なんと時の過ぎるのは早いことか。

それにからんで今月いちばんショッキングだったこと。

子供の頃住んでいた町があって、中学に入る頃に引っ越してしまったので、それ以来ほとんど行っていなのですが、まるまる小学校の大事な時期をすごしたところなので、おそらくわたしの人格形成には大きな影響を与えたはずなんですよ。札幌の一地域ですが。

夢の中に出てくる町。
子供の頃の町そのまんまではないですが、そのようすが部分部分で再現されてるんじゃないかなとか、思うところも多く、この年になってからもう一度行ってみたい町になっています。

考えてみたら高校かなんかのときにちょこっとだけ行ったことがあり、高いと思っていた段差があまりに低く、子供目線での記憶と、成長してからの目線のずれに新鮮なショックを受けたなんてこともありました。

ふとしたことで、通っていた小学校の検索をし、地図からストリートビューを見てみると・・・
まったく見知らぬ町。
通っていた小学校自体も、わたしが通っていたものとはまったく違う外観になっていましたが、当時から古かったからそれは仕方ありませんが。
わたしが住んでいた地域にどんどんストリートビューで進んでいきました。

知っている建物がないのは仕方なのですが、高い建物がないんですよ。
子供の頃に「高い」と思っていただけで実際にはそうじゃなかったのかな〜などとも思いましたが、どうやらそうじゃないみたいで。
いよいよ十字路というか交差点。
ここには市営バスのターミナルがあり、その隣には今で言うオードバックスのようなお店のビルが、道路を渡ると市場的なスーパー、その隣にはデパートともいえる5〜6階建てのビル、そして生協。
向かいには病院や、書店などが入ったビルが立ち並ぶにぎわった商店街・・・そんな町だったのですが、

なんにもないです。

1〜2階建ての建物はそれなりには並んでおり、もともと生協があったところには広い駐車場に「コープ」がありました。
それ以外にはほとんど何もないのです。
わたしが住んでいた団地のようなマンションは色が変わったものの奇跡的に残っていました。
その周り、当時市長さんも来ていた5階建ての寿司屋も、毎日にぎわっていた西友も、見事になんにもなくなっていました。

仕事がら最近は統計を見ることが多くなり、「人口の増えている都市」として「札幌」がベスト5に入っています。わたしが住んでいた地域も、どれほどにぎわっているのだろうと思いましたが・・・

都内でもあっという間にお店が消え、次のお店が入り、建物が建て替えられ、そんなようすを日々見ていますが、建物がなくなってしまうことはなく、常に高い建物に囲まれています。そんなことになれてしまったのでしょうか。

たまたま昔、同じ町に住んでいた人のブログに出会いまして、なつかしいお店の話題になっていた記事にコメントをしました。コメントが返ってきて、やはり当時のようなにぎわいはないとのこと。
「さびしい」というのもあるけど、それだけじゃない、なんとも複雑な気持ちになりました。
平たくいうと「ショック」なんですけどね。
今月いちばん印象に残ったことの1つです。

それでも、あの町にはまた行って、空気を感じてみたいと思っています。

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どうせ誰も見てませんからっ(UoU)。。。
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2011年05月11日

携帯も「070」使用へ

「090」と「080」で始まるケータイの電話番号は1億8000万通り。
でも、このうち1億6000万は既に使われているということで、空き番号が14年ごろには枯渇する懸念があるそうです。
一方、PHSを取り扱う国内通信会社はウィルコム1社。3月末の契約者数は約375万件にとどまっているので、「070」で始まる番号にはまだ余裕がある。
ということで、この「070」をケータイでも使えるように、来年度には規則が変更になりそうです。

もともとケータイは「090」でした。いつのまにか「080」というのも出来、人口が増えているわけでもないし、ケータイはだいたい行き渡ったと思っていたので、番号も足りなくはならないだろうなどと勝手に思っていました。
ところが、スマホの登場で「2台持ち」ということが珍しくなくなり、さらにノートPCとかに取り付けるデータ通信端末もケータイと同じく番号を持つものなので、そうなると全然番号が足りませんよね。

そうなると、「070」から電話が来ると「PHSだな」と思えたのが、今後はそうならなくなるということですね。

先日、小学生が普通にケータイでしゃべっているのを見て思いましたが、あの子たちは生まれたときからケータイというものがあり、それは特別なものでも何でもないわけです。
ダイヤルで電話をかけたこともないわけなので、使い方を知らない子がいてもそれはおかしなことでも何でもないんですね。
そうなるとフィンガー5の「恋のダイヤル〜」という歌自体、いまいちピンと来ない歌ということになります。
中学生の男の子が同級生の女の子に連絡を取ろうとすると、ケータイで直接本人に電話できます。家の電話に電話をし、親が出てきたらどうしようなどという心配をする必要もない。
生まれたときからケータイがあれば、それが当たり前であって、ありがたい存在ではない。
昔と変わった、昔は不便だった、そう思えるのは過渡期に生きていたから・・・そう考えると、過渡期に生きててよかったなと思ったりします。

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2011年04月18日

LOVELOG機能追加について

外部の方にはあんまり関係ない話かも知れませんが、LOVELOGの機能が
4月12日から拡充されています。

LOVELOGからのお知らせによると・・・

(1) サーバー容量上限の増加
  容量の上限を2GB(無料)へ大幅アップします。

(2) 新機能の追加
   動画投稿、音声投稿、Twitter連携、Youtube連携、ニコニコ動画連携、
  ファン機能、ポッドキャスティング、タグクラウド、携帯デコメール投稿、
   スマートフォン対応、簡易オーディオプレーヤー、編集機能向上、
   投稿記事のページング機能追加、記事再構築の自動化 など 
   大幅に機能が拡充します。

ということですが、まだまだ慣れないので使いにくいというのが正直なところ。
でもいいところがいくつかあり・・・
これまで100MBという容量の上限があって、上限まであとちょっとという状態だったので、画像のアップは控えていました。画像を必ず載せるようなコーナー(「もう誰も愛さない」「新車ファイル」など)のアップ自体を控えざるを得ないという、まるで節電のような雰囲気でしたが、これからはもうちょっとだけ画像をアップできると思います。
100MBごとに追加申請をしなくてはならず、すぐに容量が増えるわけではないというのが面倒なところですが、しかたないですね。
画像をアップする方法が変わって、使いやすくなったところとそうでなくなったところがあり、手間がかかるので「もうちょっと」という感じです。

本文を打ち込む欄がかなり横に広くなり、人によってはありがたいんでしょうけど、わたしのPCではちょっとだけ横にスクロールする必要が出て、雰囲気も変わったため文章自体も今のところは打ち込みにくいです。大した本文ではないですが慣れるまではご辛抱ください。
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2011年03月31日

3月も終わり

今日で3月が終わって、明日から4月。

いわゆる「新年度」を迎えることになります。

本来なら新しい旅立ちの日でもあり、新たな門出を祝うことで、大いに盛り上がる雰囲気の時期ですが、残念ながら今回はとてもそうもいきません。

当ブログについていえば、地震のことは2回ほどアップしましたが、震災やそのつめ跡、復興について、政府や東電、マスコミへの批判などは極力書かずに、それ以外の「日常(に近いこと)」をアップするようにしています。

ただ、そういうつもりはないのに「ACのCM」の記事をアップしたところ、膨大なアクセスが来たのもこの3月の特徴です。
ACのCMの中で印象に残るのはこれですよ〜と紹介しただけですが、「ACのCMうざい」「あれは震災向きではない」など多数の批判的なコメントもいただきまして、LOVELOGランキングでも5位に入るようなアクセスをいただきました。
あえてそれらには触れずに放置していたら、ACの方でも、震災後に作ったCMが増え、ここの「要らない」アクセスも減少して、いつものベスト20前後というポジションに落ち着きました。

しかし、地震の前と後とでは、何もかもが変わってしまった気がしています。
それらについては今後ちょこちょことアップして行こうと思ってます。
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2011年03月13日

大地震2

地震関連のぼやき2です。

テレビの多くは相変わらずです。
気仙沼の津波のシーンなど、何度見たかわかりません。
目の前で妻が流されたというおとうさん、住んでいた家がなくなってぼうぜんとしている若者など、よくインタビューできるなぁと、ほんと感心しますよ。

今日は首都圏、電車などは落ち着いているようです。
でも停電があるとかないとか言っていて、どうもはっきりしません。
原発の事故の発表も、結局どうなのかよくわからない発表が多く、スタジオでキャスターがそれをまとめるという感じ、それをどの局もやっています。

そんな中、感心したのが2つ。
1つは「テレビ東京」。
湾岸戦争のとき、どの局も爆撃シーンや軍事評論家のコメントばかりだったのに、ただ1つ「ムーミン」を放送したという局ですが、昨日はさすがに震災関係だったものの、今日は通常の番組に戻しています。
もちろん速報が入れば画面を即切り替えて。
こういうのを批判する人もいるようですが、こういう普通の番組って、ななんだかほっとするんですよ。
病院の待合室のテレビってなんだかほっとしませんか?それと同じです。
やはりテレ東はすばらしい。
他局は大江アナを採用しなかったのに、この局は採用した、それをとってみてもすばらしい(笑)。

もう1つはラジオ。
ラジオというとわたしの場合は「文化放送」しかないのですが。
帰宅が遅くなって、寝る前につけたラジオからは通常に近い放送。もちろん話す内容は地震の話ばかりですが、寄せられるメールは、「わたしはこうだった。みんながんばろう」という内容から、「浴槽に水をためておくといい」「ガーデニング用のシート、ソーラーライトがいい」といった元気が出たり役に立つ内容。
こういうときってやっぱりこうでしょう。

さて、菅総理。
支持率がどんどん下がっている彼にとって、ここが男を上げるときだと思います。
国民に向かって、伝説に残る名スピーチをするとかさ〜。でもあんまりたいしたことは言っていないような。「全力で(「ぜ」にアクセント)」が目立つだけ。
官房長官はがんばっていますね。原発関係の会見でよく出てくる彼ですが、昼夜関係なく、冷静に会見しており、ほとんど寝てないでしょうに、立派。

まぁ、わたしも地震関連のことはあんまり書かず、いつも通りでいくことにしましょう。
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2011年03月12日

大地震

昨日の地震はものすごかったです。

東京というのは比較的地震の多いところで、ある程度地震には慣れていると思っていましたが、生まれて初めての地震の規模で「これはもうダメかも」と思ったものです。

感じた地震は震度6強とのことでしたが、東北に与えた損害はすさまじいものでしたし、電車がすべて止まって首都圏は完全にマヒしてしまいました。

時間を追うごとに死者行方不明者の数は増えており、
これからどうなってしまうんだろうと思ってしまいます。
わたし自身はケガもしていないものの、休み無く仕事をしていた日々にこういうことが降りかかり、体力的にはぼろぼろの状態です。

さて、地震の詳細などは他を見てもらうとして、ここでマスコミのありようについて述べてみたいと思います。

昔から、被害者に対して無神経にマイクを向けるというのが、こういうときの悪いマスコミなんですが、それは今も変わらないようです。
さらに、何度も何度も津波で町が飲み込まれるようすを、同じビデオで繰り返しリピート。
どの局もです。
避難所でこれを見ている人は、忘れたい記憶を呼び起こされるでしょうし、アナウンサーも、新しい情報がないものだから、同じ原稿を何度も何度も読んでます。

そんな情報より、どういう風に過ごしていかなきゃならないのかとか、暮らしの情報が欲しいです。

不思議なのは、阪神大震災で、あのときはこうだったのでこういうことに気をつけてください、というような情報を流している局がほとんどないということです。
マスコミには、見ている人に的確な情報と、元気や勇気の出る内容のものを、こんなときこそ与えて欲しいと思います。
津波のようすや、がれきだらけの町のようすを見て、あるいは家族や家を失って途方に暮れている人の声を聞いて、いったいどこの誰が、がんばって生きて行こうと思うんですか。
根本的におかしい。

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2011年03月11日

飄々とした男気

一見すると、「ひょうひょうと」していて、
ときには「軽い」。
でも男気があって、正義感も常識もある大人の男。

こんな人には昔からあこがれるものです。

子供のころから、いざというときにはこの人に頼ろう、という人は大体そんな人だったような気がします。

アニメでいうと、古くはファースト「ガンダム」の「スレッガー・ロウ」、「エヴァンゲリオン」だと「加治リョウジ」というとわかりやすいでしょうか。
「仮面ライダー」でいうと、本郷猛じゃなくて一文字隼人。平成ライダーだったら「龍騎」かな。
ヒビキさんもですね。あと今活躍中の「バース」。
前にも書いた大好きなゲーム「EVE バーストエラー」の主人公もこういう人です。

元々こういう人は水谷豊さんが得意中の得意としていた役です。
「刑事貴族」シリーズや「探偵事務所」が好きなのは、水谷さんがそういう役を見事に演じているからです。「相棒」の水谷さんはちょっと違いますよね。

2年ほど前に「エヴァ」を実写化するならキャストは誰がいいかというアンケートが実施されたことがありました。
「綾波レイ」が堀北さん、「アスカ」が戸田さんというものでしたが、そうすると加治さんは誰が適任でしょうね。
水谷さんは違います。ちょっとタイプが。もうちょっと大柄っぽい人が。そうすると元相棒の寺脇さんの方がいいかも。江口洋介さんあたりもいい。
などと考えるのはおもしろいものですね。

さて、こういう人は主人公じゃない方がいい。
主人公は、たとえば本郷猛のようなまっすぐな人がいいのかも。「LOST」のジャックみたいな。
「軽さ」を出そうと、「女好き」という側面が追加されることが多いのがたまにきずかな。

ま、どうでもいいことですが、
どうせ誰も見てませんからっ(UoU)。。。
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2011年03月05日

定番の卒業ソングとは

オリコンが10・20代に「定番の卒業ソングとは?」というアンケートを実施、その結果が発表されました。

1位はレミオロメンの「3月9日」で、以下はご覧の通りでした。

2位 海援隊「贈る言葉」
3位 松任谷由実「卒業写真」
4位 合唱曲「旅立ちの日に」
5位 森山直太朗「さくら(独唱)」
6位 SPEED 「my graduation」
7位 コブクロ「桜」
8位 尾崎豊「卒業」
9位 EXILE 「道」
10位 合唱曲「仰げば尊し」

予想以上に、なんというかまともでなんとなく安心しませんか。
わたしは卒業式で何を歌ったかなぁと考えると、なぜか中学高校の卒業式で歌った歌はぜんぜん覚えておらず、小学校の卒業式で歌った歌ばかり思い出されます。

その歌、メロディと、なんとなくの歌詞しか覚えていませんが、けっこう年月が経つのにいまだにしっかり覚えています。その卒業式以外では聞いたこともないのに。

こんな歌詞です。

1 楽しく過ぎた六年の 学びの庭よさようなら

  明るく強く胸を張り 今日は別れの春の窓

  変わらぬ誓い友情を みんなでみんなで歌おうよ

2 思い出残る校庭の 緑よ花よさようなら

  果てない夢を描きつつ 今日は別れの手を握る

  伸びゆく者の喜びを みんなでみんなで歌おうよ


ふと気になって、歌詞を断片的に検索にかけたところ、「別れの歌」という日本の唱歌で1959年に作られた歌だとわかりました。さらに「昭和40年代から50年代頃に、小学校の卒業式で、よく歌われた。」ということだそうです・・・
作詞・鈴木達夫、作曲・矢代秋雄というこの歌、みなさんはご存知ですか?

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2011年02月11日

消去メールの復元

某スポーツの八百長疑惑で話題になったのが

「消去メールの復元」

です。

特にケータイのメールというのは、いらないものや都合の悪いもの?はどんどん消すと思います。
でもあれは、消えた=この世からなくなった、ということではなくて、データに消去という信号を付けて見えなくなっただけなんだそうです。

ただその領域に何度か上書きがされると復元は困難になるようで、分解してメモリーやICチップを取り出して解析するということになれば10万円くらいかかるとか。

警察には、証拠隠滅のために破壊したり燃やしたりという状態のケータイも届き、それを解析するそうだから大変です。
電気製品の海外生産も当たり前になってきているので、難しいケースも多いとか。

「プリズンブレイク」にもそんなシーンがありましたが、メールはサーバーを通過するため、サーバーにメールが残っており、それを調べてメールを復元するということもできるそうです。
でもそう考えると、個人同士のやり取りに見える「メール」というものは、どこかで誰かに見られているという可能性があるわけです。きっと、どの人がいつ出したメール・・・と検索すると、ぱっと特定できたりするんだろうなぁ。

まぁ実際には毎日無数のメールが行き来してるので、盗み見ということはなかろうと思いますけどね。
などといっても、ここ
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2010年12月01日

2010年流行語大賞


早いものでもう12月。
流行語大賞が発表される時期となりました。

1年間の世相を反映し、強いインパクトを残した言葉に贈られる「2010 ユーキャン新語・流行語大賞」ですが、今年は、NHK朝の連続ドラマにもなった武良布枝さんの著書『ゲゲゲの女房』から「ゲゲゲの〜」が年間大賞に決まったそうです。

もちろんわたしはNHKを見ないので、そんなドラマも見たことありませんから「へぇ」という感じでした。

そのほかのトップ10。
池上彰さんの「いい質問ですねえ!」
つるの剛士の子育てを楽しむ男性をあらわす「イクメン」
「AKB48」
お笑いコンビWコロンのねづっちの「ととのいました」
女子だけの飲み会をあらわす「女子会」(モンテローザ代表取締役社長・大神輝博氏が受賞)、
9月の民主党代表戦を受けて成立した菅内閣の改造人事をあらわした「脱小沢」(受賞者辞退)、
桃屋を皮切りにヒットした「食べるラー油」(桃屋代表取締役会長兼社長・小出孝之氏が受賞)、
ツイッターでの表現語「〜なう。」(高校生の梅崎健理さんが受賞)、
所在不明の高齢者問題などで浮き彫りになった「無縁社会」(NHK『無縁社会』制作チームが受賞)でした。

お笑いの人が受賞すると、翌年は一気に消えるというジンクスがあるので、ねづっちさん、大丈夫でしょうか?(笑)

食べるラー油は、いまだにS&Bのとかはスーパーにありません。食べた人は、はまる人もいればそのまま捨てる人もいて、でも話題になったのは間違いありません。

特別賞として、早大野球部の斎藤佑樹主将が11月、東京六大学リーグの優勝決定戦を制したときに語った「何か持っていると言われ続けてきました。今日何を持っているのか確信しました…それは仲間です」が選ばれたそうですが、そんなセリフは知らないので関係ないか。

こう見てみると、なんかどうでもいい気がしてきます。
来年は、流行語大賞記事はアップするかどうか、という気がしますね。
だってここ
どうせ誰も見てませんからっ(UoU)。。。

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2010年11月19日

2位ってなにさ


2位LOVELOGのトップページを見たら、
当ブログが2位です。

以前1位だったこともあるので、どうということはありませんし、むしろいらないアクセスが増えるのは不快なので早く20位以下に下がって欲しいのですが、これを機に最近ちょっと思っていることを書いてみましょう。

どの記事にアクセスが多く来たのかと思ってみたら、マツケンさんの奥さんについて以前書いた記事が1位。

あとずらっと「もう誰も愛さない」のあらすじ記事。

松本友里さんについてはあんなことがあったあとなので、仕方ありませんね。

「もう誰も〜」については、どうやら関西の方で夜中に再放送をしているらしく、それでプチブレイクしているようなのです。

基本的にそのとき書きたいことを書いてアップするのがブログなので、リクエストなどには応じませんが、この「もう誰も〜」記事については、けっこう面倒なので、見たい人がいればアップしようと思って書いてます。
それゆえ最近は「続きをお願いします」というコメントも増え、それはそれでありがたいのですが、その大半が、以前から禁止している「匿名コメント(アドやURLのないもの)」なのです。

記事の中にも「やめてください」とあるのにも関わらず。やむを得ず削除はもちろんですが、書き込み禁止処分としてます。
一度書き込み禁止にすると、それの解除は難しいというか現実的には無理なので、心当たりのある方はあしからず。

ちなみに、「なぜ匿名コメントがだめなのか」という意見の人もいると思いますが、そういう方は、どうかよそへ行ってください。もう来て頂かなくて結構ですので。

といってもここ
どうせ誰も見てませんからっ(UoU)。。。


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2010年11月02日

「2010ヒット商品ベスト30」

「日経トレンディ」誌の、今年のヒット商品が発表になりました。


2010年ヒット商品ベスト30
1位…食べるラー油/2位…3D映画/3位…スマートフォン/4位…プレミアムロールケーキ/5位…iPad/6位…ポケット ドルツ/7位…低価格LED電球/8位…チンしてこんがり魚焼きパック/9位…ハリナックス/10位…1杯でしじみ70個分のちから

11位…平城遷都1300年祭/12位…アタック ネオ&トップ ナノックス/13位…ルルドマッサージクッション/14位…Pocket WiFi/15位…怪盗ロワイヤル/16位…鮮度の一滴/17位…エアマルチプライアー/18位…ジガゾーパズル/19位…NEXシリーズ/20位…共同購入クーポン

21位…フリクションボールノック/22位…キリン 午後の紅茶 エスプレッソティー/23位…バンド一本でやせる!巻くだけダイエット/24位…Big America/25位…もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら/26位…香る防虫剤/27位…JAN JANソース焼きそば/28位…角ハイボール/29位…ミルミル/30位…アナログトイ

いかがでしょう。
もちろんヒット商品ですから、どれもよく知られたものばかりなんですが、
わたしはこのうち片手で数えるくらいしか買ったり見たりしていません。
ラー油にしても、今も品薄になっているS&Bのものは一度も買えたことがないですし、スマートフォンもいまのところ要らない。。
という感じで見ていくと、今後も関わらないものが多い気がしています。
こうして時代の流れと関係なく年をとっていくのでしょうか(笑)
ま、
どうせ誰も見てませんからっ(UoU)。。。

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2010年09月14日

東京・埼玉・千葉で大雨

関東地方の昨日の大雨は大変でしたが大丈夫でしたか?
関東といっても局地的なもののようで、東京・埼玉・千葉がメインだったようです。

暑かったので窓を開けていたこともあって、こんなに強い雷雨はいままでにほとんど経験したことのないレベルに思えました。

雷って、ピカッて光って、そのあとでゴロゴロって鳴るじゃないですか。光ってゴロゴロとなるまでの時間が短いほど「もと」が近いわけですが、昨日のは常に光っていて、常にバリバリ!と鳴っている感じでした。
雨は大降りだったので、すぐ近くでも雨のために真っ白で見えないほど。そこに稲光りが常時あるので、窓の外の光景は異様でした。
もちろんそんな中ですから人影もありませんし、車もほとんど走っていませんでした。

そして停電。
埼玉の南部や千葉県北部で大規模な停電があったようです。うちのほうはすぐに復旧しましたが、JR武蔵野線は約20分間停電で運転を見合わていたようです。
前にも開いたことがありますが、子供の頃はもっと停電が多かった記憶があります。当時の家庭には停電用にロウソクや懐中電灯が常備されていたように思えます。
いまは防災全般でそういうグッズが常備されているご家庭も少なくないのでしょうけど、停電が少なくなったのは、電力会社のいろんな意味でのがんばりがあるんでしょうね。

などといっても、ここ
どうせ誰も見てませんからっ(UoU)。。。

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2010年09月10日

ローソンのチェブラーシカキャンペーン


クリアファイルおなじみの「チェブラーシカ」ですが、12月18日(土)に映画『チェブラーシカ』(全国東宝系)が公開されるんですよね。
シネコンなどで、もうチェブラーシカの等身大(?)の広告が並んでます。
これを記念して、ローソンと「チェブラーシカ」がコラボレートしたキャンペーンが、8月31日(火)から開催されています。今月13日(月)で終わってしまいますが。

チェブラーシカ限定パッケージのお菓子が9種類登場。そして、これとは別にこのキャンペーン期間中に対象商品のお菓子を2個購入すると、先着で「チェブラーシカ」のローソンオリジナルのクリアファイルが1枚もらえるのです。絵柄は5種類。
わたしはノーマルなクランキーチョコを2こ買ってとりあえず1枚ゲットしました。

お店にもよると思いますが、まだ残っているなら早くゲットしちゃいましょうか。
といってもここ
どうせ誰も見てませんからっ(UoU)。。。



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2010年09月02日

113年間で最も暑い夏

気象庁がこの夏を「異常気象」としたようです。

6〜8月の全国の平均気温が平年より1.64度高く、これが1989(明治31)年の統計開始以来最高だったと発表しました。8月については平年を2.25度上回る暑さ。

気象庁での異常気象の定義は、「過去30年の気候に対して著しい偏りを示した天候」ということだそうです。

9月になりましたが1日も全国921地点中242地点で9月の観測史上最高気温を記録。157地点で35度以上の猛暑日、789地点で30度以上の真夏日となったようですし、この暑さは収まる気配がありません。
というものの、夏の終わりを感じさせるものもあります。日が落ちるのが早くなっていることが気象的なこと。あとは夏休みが終わって「餓鬼」が街から消えたこと。
夜になっても気温が下がらないので、あとはまったく真夏のままです。
いやだった暑さが収まると、人は夏の暑さをなつかしむみたいですが、今年もそんな気分になるのでしょうか。
我ながら注目しています。

などといってもここ
どうせ誰も見てませんからっ(UoU)。。。
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2010年08月27日

死刑場公開(東京拘置所)


時事通信より東京拘置所の刑場の「ボタン室」から見た「執行室」(右奥)

法務省が、東京拘置所内の死刑の刑場を報道機関に公開しました。法相の意向を受け、死刑制度について国民的議論につなげたい考えのもと初公開になったものです。

刑場というのはドラマの中でしか見たことがありません。そこはコンクリートが打ちっぱなしの殺風景な、薄暗いもので、階段を上がって、そこで首をくくられると言う感じです。
それがこの写真を見ると、まったく様子が違っています。
まぁドラマの、例えば留置所や取調室などは実際のものとぜんぜん違いますから、そういう意味では刑場のようすが違うのは当たり前のことなんでしょうけど。

今回公開されたのは、宗教者の教戒を受ける「教戒室」、絞首刑が実施される「執行室」、検事らが執行を見届ける「立会室」など五つの部屋とのこと。
教戒室は刑場出入り口のすぐ左手にあって、死刑囚が最初に通されて執行を告げられ、希望があれば宗教家の教戒を受ける。中央に机といすがあって、右手には仏壇。
死刑囚はその次に「前室」に行きます。ここは、執行室と青色のカーテンで仕切られていて、ここにも仏壇と仏像が置かれ、希望すれば教戒を受けられるそう。
この前室で目隠しと手錠をされ、カーテンが開いた後、執行室に移動。その執行室の真ん中に、約1メートル四方の開閉式の「踏み板」が設置されていて、その真上の天井には、死刑囚の首にまくロープを通す大型の滑車が埋め込まれています。
その隣りには「ボタン室」。壁にボタンが3つあって、そのどれか1つで踏み板が開くことになります。3人が同時に押すことで、誰のボタンで踏み板が開いて死刑囚が死んだのかはか分からないようになっているというわけです。して、刑務官の心理的負担を軽減する仕組みだ。
執行室の下の部屋はさすがに公開はされなかったそうですが、見たくはないですよね。

死刑囚が最後に見る光景(=前室)はカーペット敷きで意外に明るいものですね。
個人的に死刑自体には反対ではありませんが、それが無実の罪によるものだったとしたらと考えると、絶対にあってはならないことだと思います。
そう考えると、国が合法として殺人を行う(=死刑)というのは良くない、という考えは外して考えるとしても、死刑に反対せざるを得ないと言うことになりそうですね。
といってもここ
どうせ誰も見てませんからっ(UoU)。。。
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2010年08月24日

布団たたき

「布団たたきの音がうるさ過ぎ、平穏な生活を脅かされた」ということで隣人を訴えていたことについて、大阪地裁が「社会通念上、我慢の限度を超え違法」として100万円の支払いを命じたそうです。

たぶんこういう隣人トラブルは昔からあるし、トラブルにはなっていなくても不快に思っている人も多いんだと思います。

そもそも布団ってたたいていいものなんでしょうか。
確かに日光の中、たたいた布団からはなにやら粉状のものがふわっと出ています。ということはたたけばたたくほど布団がきれいになる・・・と、たぶんそんな錯覚から生まれた行為なんでしょうね。
強くたたけば表面が硬くなったり内部の繊維が切れて布団が傷んでしまいます。そればかりかほこりの大半は表面についているので、ほこりたたき方によってはほこり自体もあんまり取れていないということになってしまうかも知れません。

今は綿布団以外の布団も多く、中にはカバーなしで直射日光を当てるとだめな布団も多いです。

うさぎ跳びや鼻血の止め方などと同じく、昔からの間違った常識の1つなのかも知れません。
隣人の迷惑もですが、人生のかなりの時間を支える布団を大切にしないとなりませんね。

といってもここ
どうせ誰も見てませんからっ(UoU)。。。


posted by my_cecil at 22:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 独り言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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